2010年5月21日 (金)

アンコールワット展

岡山県立美術館で開催されている
「アンコールワット展」に行って来ました
前回エジプト展に行った時は平日にもかかわらず
駐車場に入れなかったので今回は朝からお出かけです(*^-^)b
アンコールワットはアンコール王朝(現在のカンボジア)に
12世紀前半に創建されたヒンドゥー教寺院。
その後、ソター王によって仏教寺院へと改修。
1972年カンボジア内戦によって破壊され、この時多くの奉納仏は
首を撥ねられ砕かれ敷石にされたという。
内戦が納まりつつあった1992年アンコール遺跡として世界遺産に登録。
1993年にはこの寺院の祠堂が描かれたカンボジア国旗が制定。
展示されているのは仏教とヒンドゥー教両方の美術品ですが、
仏像やヒンドゥー教の神々はやさしい表情のものが多かったです。
シヴァ神(ヒンドゥー教の創造と破壊の神)って
額に第三の眼があるんですねぇ(知りませんでしたw)
なかにはラーマヤーナ物語に出てくるハヌマーンの像が
笑いを誘うポーズで立ってたり
ナーガ(蛇神)に護られた仏陀像があったり、
ガネーシャ(象の頭をもつヒンドゥー教の神)像等
気がついたらあっという間に2時間が過ぎてました。


江戸時代初期にアンコールワットを参拝した日本人森本右近太夫はが回廊の柱に落書きを残していてその子孫は今も津山に在住しているんだって。当時の世界地図も展示されていて大変面白かったです
北海道載ってなかったw
 Angkor01_4 Angkor02_5      







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2010年1月11日 (月)

鏡開き

本日11日は鏡開きの日

鏡餅は供えて、開いて、食べてこそ鏡餅の意味があるんですって知ってましたか?

で調べてみました(一部All About暮らしの歳時記より抜粋)

まずは鏡餅を年神様に供えるのは当たり前としても、なぜ開くのか?それは鏡餅が年神様が宿るところだと考えられているので、鏡餅を開くことで年神様をお送りし、お正月に一区切りつける為だとか。

そこで新たな疑問?なぜ鏡開きというのか
それは正月に一区切りつけるということは、その年の仕事始めをするという意味がありました。武士は具足などを納めていた櫃(ひつ)を開き、商家では蔵を開き、農村では田打ちという作業をして1年の出発としていました。剣道などの武道で、新年の道場開きに鏡開きをする(またはお汁粉などをふるまう)のは、その名残りです。
もともと武家から始まった行事なので、刃物で切るのは切腹を連想させるため、包丁などの刃物で切るのは禁物で、手で割り砕くか、槌(つち)で割るようになりました。また、「割る」という表現も縁起が悪いので、末広がりを意味する「開く」を使うようになり、「鏡開き」になったのです。

年神様の力が宿った鏡餅をいただくことでその力を授けてもらい一家一族の無病息災を願うのです。

ではなぜ11日なのか?
それはお正月は年神様をお迎えする行事であり、その年神様へのお供え物が鏡餅ですから、年神様がいらっしゃる間は食べてはいけないというもの。
年神様がいらっしゃる間を松の内といいます(元々は小正月1月15日(旧暦)まで。現在(江戸時代以降)は1月7日まで。)地方によっては松の日を現在も15日とするところもあるようでまちまちらしいです。

また、昔は二十日正月といって20日に鏡開きを行っていたのですが、徳川三代将軍・徳川家光が慶安4年4月20日に亡くなったため、月命日の20日を避けて11日になったと言われています。

調べてみるとこんなに深い意味があるんですねぇ
まさたんもこれから鏡餅を使ったお汁粉をいただくとします
では(^^)/~~~

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2010年1月 7日 (木)

1月7日に七草粥を食べるのはなぜ?

1月7日に七草粥を食べる風習があります。

そもそも、なぜ七草粥を食べるのでしょう?

そこで調べてみましたhappy01

七草粥は正月行事として定着していますが、本来は1月7日の「人日(じんじつ)」の日に行われる「人日の節句」の行事で、五節句のひとつだそうです

(五節句とは江戸幕府が定めた式日で、1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽をさします。)

人日とは文字通り "人の日"という意味で、中国の前漢の時代に、元日は鶏、2日は狗(犬)、3日は猪、4日は羊、5日は牛、6日は馬、7日は人の日としてそれぞれの占いをたて、8日に穀を占って新年の運勢をみていたことに由来。

さらに唐の時代には、人日の日に「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」という7種類の若菜を入れた汁物を食べて、無病息災を願うようになりました。羹はあつもの、汁という意味です。また、官吏昇進を1月7日に決めたことから、その日の朝に七種菜羹を食べ、立身出世を願ったといいます。

この風習が日本へ伝来し、平安時代には宮中行事となり、さらには江戸時代に「人日の節句」(七草の節句)として五節句のひとつに定められ、定着。

七草粥が定着した背景には、お正月のご馳走に疲れた胃腸をいたわり、青菜の不足しがちな冬場の栄養補給をする効用もあり、この日に七草粥を食べることで、新年の無病息災を願うようになったんですと。

調べるとなかなか歴史も長く、興味深いですねぇ( ̄ー+ ̄)

でもって七草はこちら↓
芹(せり)/薺(なずな)/御形(ごぎょう)/繁縷(はこべら)/仏の座(ほとけのざ)/菘(すずな)/蘿蔔(すずしろ)

ちなみに秋の七草ってのもあります↓
女郎花(おみなえし)/尾花(おばな)/桔梗(ききょう)/撫子(なでしこ)/藤袴(ふじばかま)/葛(くず)/萩(萩)

まさたん春の七草は覚えてるんですが秋は覚えてなかったりします(^^ゞ
ではまた

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2009年12月31日 (木)

年越しそばですよ

大晦日です

大晦日といえば忘れてならないのは年越しそば!

今年は例年にも増して寒いっ!!

であったかいそばを食べてたりしますhappy01

しかしなんで大晦日にそばを食べるのか?

毎年当たり前のように食べてるますが

改めて考えてみるとよくわからず

調べてみることに

理由には諸説あったりしますがよく言われてるのは

細く、長くを人生になぞって「そばを食べて健康と長寿を願う」というもの。

地方によっては太く、長くを願って年越しうどんを食べるのだとか。

また、そばは切れやすいことから「一年の災厄を年越しそばで断ち切り、翌年に持ち越さないように」という説も。

他にも、金銀細工師が飛び散った金や銀の粉をそば粉(団子)で集めたことにちなんで、「金の回収」に掛けて年越しそばを食べたという説などさまざまだ。

地域によって違いがあるものの年を越す前に食べきらなければならず、

そばを残すと翌年金運に恵まれないのだとか。。。φ(..)メモメモ

一年の締めくくりにちょうど良いネタがあって良かったw

新年が良い年でありますように( ̄▽ ̄)

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2009年4月27日 (月)

新発見!エジプト展

5月31日(日)まで岡山市立オリエント美術館で開催されている

吉村作治の新発見!エジプト展に行って来ました

以前(2年前)にもエジプト展に行って来ましたが、

(その記事はこちら

今回はその2年前2005年1月に新たに吉村作治調査隊により

発見された親子ミイラ、夫婦ミイラの木棺(子供の木棺はレプリカ)を

目玉(世界初公開)としてカイロ博物館の所蔵品と共に展示されています。

4000~3500年前の時を越えて、古代エジプトの遺物が1200円で

(前売りなら1000円)観られるなんてびっくりです。

残念ながら館内は撮影禁止なので(←当たり前w)

頂いてきたパンフレットを紹介します(;´▽`A``

Egypt_4 Egypt0_4

 

 

 

 

 

後は美術館の外観と入口付近にあったおしゃれ?な看板

Egypt1 Egypy2

 

 

 

  

展示についてなんですが

残念ながら本物のミイラは展示されてなかったですが

世界初公開の親子ミイラの親の方の人型木棺、夫婦ミイラの木棺

どちらも外観には彩色された死者を守る神々や古代文字が描かれ

観て損はないと思います。

masatanは気がついたら2時間が過ぎてました(A;´・ω・)アセアセ

他にもミイラ製作の手順や医療具等が展示されていましたし、

死者の書って本当にあるんですね

てっきり映画(ハムナプトラ)の創作かと思ってましたが

実際は書っていっても本ではなくて

ミイラの包帯の中に挟み込むパピルスの巻物らしいです

 

以下
「死者の書」をフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用

死者の霊魂が肉体を離れてから冥府の国に入るまでの過程を描いたもので、コフィンテキストとしても存在する。心臓を天秤にかける死者の裁判の章は有名である。秤の目盛りを見つめるのはアヌビス神。また、秤には真実の羽根と死者の魂がそれぞれ乗っており、死者が真実を語ればオシリスの治める死後の国へ、嘘偽りであればアメミットという魂を食らう鰐に似た怪物に食べられるというシーンも描かれている。あの世とこの世の中間を「ドゥアト」と呼ぶ。おもに、絵とヒエログリフという神聖文字で構成されている。

引用終了

ミイラを製作する時に臓器はカノポスという4つの壷

(これも今回展示されています)にそれぞれ納められるのですが

心臓(魂)だけはミイラに残されるのだとか

これは上記のように死者が復活する時、

心臓を天秤にかけるためなんですって!

しかしまぁエジプトの神々は1000以上というのはびっくりでした。

どんだけ~

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2007年3月27日 (火)

早大エジプト発掘40年展

岡山市立オリエント美術館で開催されている

吉村作治先生のエジプト展に行って来ました。

あいにくの雨にもかかわらず(雨だったので?

平日にもかかわらずたくさんの人で賑わっていましたよ

Egypt なんといっても目玉は青いミイラ
世界初公開ですって!!

2005年1月に発見された青いミイラマスクと彩色箱型木棺で。早稲田隊がダハシュール北遺跡で発見したものです。中王国時代、今から3800年前に活躍した行政官、セヌウのミイラを納めたものでした。名前と身分が分かる未盗掘の“完全ミイラ”のものとしては最古級。

このほか、ツタンカーメンと妃の名前が刻まれた指輪など、貴重な品々が展示されていました。

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